ストレス社会の〝救世主〟 2015.4.4
早いものでこのコラムを書き始めて2年、もみの木だよりも今回で最終回となる。最後にヒトとイヌの共生についてふれたい。約2万年前に絶滅したネアンデルタール人とホモ・サピエンス(ヒト)の違いに関する研究から、ヒトを繁栄に導いた理由のひとつに「イヌとの共生」があるのではないかとの説がある。ネアンデルタール人とヒトがともに生息していたとされる約3万年前の遺跡からイヌのものと考えられる骨が見つかった。手厚く埋葬されていたことがわかった。イヌらしい骨が見つかったのは、ほとんどすべてヒトの遺跡であり、ネアンデルタール人はイヌと暮らしていなかったと考えられている。かって厳しい暮らしをしていたヒトはイヌと協力して大型の獲物が手に入るようになって、繁栄したというのである。現代では狩りや見張りのためにイヌを飼う必要はないが、イヌは安心感だけでなく幸福感を与えてくれることもわかってきた。ただし現代社会はイヌにとって暮らしやすい環境ではなく、ストレスから問題行動を起こすイヌも少なくない。このことはヒトがイヌと暮らすことをためらう原因になるためか、イヌの飼育頭数は減少傾向にある。子犬の時期から人間社会に協調できるように教育を行い、イヌと飼い主がともに暮らしやすい社会環境を整えることは今後の重要課題だと思う。孤独感やストレスの多い現代社会において「ペットとの共生」は、再びヒトの危機を救うことになるかもしれない。
補助犬も時には 2015.3.7
障害を持つ人のために働く犬を補助犬と呼ぶ。盲導犬、聴導犬(聴覚障害のある人に音を知らせる)、介助犬の3種類がある。介助犬は、落とした物を拾ったり、ドアを開けたり、指示された物を持って来るなど、障害者の生活を細やかにサポートする。2002年に身体障害者補助犬法が施行され、公共施設・交通機関、スーパー・飲食店・ホテル・病院や職場などで、補助犬同伴の受け入れを義務付けられた。補助犬は言わば障害者の体の一部でもあり、それを拒むことは障害者の社会参加を否定することになるということが背景にある。介助犬の公的認知や法整備には宝塚市に住む木村佳友さんと介助犬シンシア=写真・木村さん提供=大きな役割を果たした。市は「すべての人にやさしいまちづくり」をめざし、自治体として全国に先駆けて介助犬支援や啓発事業に取り組んできた。また共生のまちづくりのシンボルとしてシンシアのモニュメントをJR宝塚駅改札前に設置し、シンシアの命日である3月14日に除幕式を行う予定だ。私はシンシアを知っているが、ラブラドルレトリバーらしく
明るくおちゃめな性格だった。補助犬のすばらしさは、高い教育レベルだけでなく、飼い主への厚い信頼感や愛情だと思う。補助犬でも犬であることには違いはない。どんなに優秀でも、時には失敗したり、びっくりしたりするし、仕事を離れた時にはしゃぐこともある。それを暖かく見守ってほしい。犬が犬らしく生きることは彼らの権利であり、どんなに教育しても犬らしさを全に無くすことはできないのだから。
慣れた匂いに安心 2015.2.21
当院で猫のストレスを軽減するために行っている工夫のひとつに猫が慣れた匂いのついたタオルを持参してもらうことがある。猫の嗅覚は人間に比べれば非常に発達している。人間が個体識別を視覚で行うのに対し、多くの哺乳類は匂いで行う。人間は二足歩行になってから嗅覚が退化したため匂いに無頓着だが、猫は状況判断のための情報源として匂いに敏感だ。知らない場所や知らない人を恐れるが、知らない匂いがすることも大きな要因である。だからこそ慣れた匂いのキャリーに入れ、慣れた匂いのついたタオルを持って来てもらう。タオルはあらかじめ猫の寝る場所に置いたり、タオルの上で食事を与えるなどして匂いを十分つけておく。診察時にはこのタオルで包んでキャリーから出し、診察台にタオルを敷いてのせてあげるとストレスを減らすことができる。また採血や注射などの際には猫が暴れないように保定を行うが、これも慣れた匂いのするタオルに隠れていた方が安心する。さらに猫が安心する効果のあるフェロモン製剤を診察室や入院ケージで使用している。もうひとつ注意してほしいのは、同居の猫がいる場合、帰宅直後には会わせないことだ。慣れない匂いをつけて帰ると、家の猫は警戒する。家に居る猫が病院で怖い思いをした経験があればなおさら病院の匂いをつけて帰ってきた猫に対して嫌悪感を覚え、攻撃することもある。しばらくは別々の部屋で過ごさせ、匂いが薄れるのを待つ。会わせる前に、同じタオルで拭き、匂いの交換をしておくのも有効だ。
イヌと人が集える場所を 2015.2.7
犬は飼い主との外出が大好きで、どこでも一緒について行きたがる。外出は野性のオオカミで言うなら狩りであり、犬にとって最も楽しいことだ。京都市にあるダクタリ動物病院には飼い主と犬が一緒に食事を楽しめるブルスケッタというレストランがある。いつも犬連れの人々でにぎわっている。私はここでペットの行動診療(問題行動の治療)をしているので、月に1回訪れる。おいしい料理を食べながら飼い主と犬が楽しく過ごす様子を見ると、幸せな気持ちになる。この日はダクタリ動物病院で行っているパピークラス(子犬のしつけ教室)に来ているラッフィーくん(写真:ビションフリーゼ、3か月)が食事に来ていた。たくさんの犬や人と出会うことができるので子犬の社会化のためには最適だ。社会化とは共に暮らす動物との適切な社会行動を身に着ける過程。店内の犬たちは飼い主の横でとても行儀よく座っている。落ち着かずに騒ぐ犬もいるが、飼い主になだめられ少しずつ慣れて行く。周囲にもそれを暖かく見守る雰囲気があるヨーロッパのように犬が自然に人間社会に溶け込み、トラブルなく過ごすようになるためにはこんな場所が必要なのだ。子犬たちは知らない場所に行き、知らない人や知らない犬と会った時にどんな風に振舞えば良いかを経験を通して学習していく。残念ながらブルスケッタのような場所はまだ少ない。犬が人の心身の健康に役立つことが学術研究などでも証明されている今、もう少し寛容に犬を受け入れる社会を作れないものだろうか。
猫の通院 キャリーに慣らして 2015.1.24
猫はデリケートな動物なので診察には十分な配慮が必要だ。当院で飼い主さんにお願いしていることは、まず通院のストレスを減らすために、キャリーケースに慣らすこと。動物病院に連れて行くときだけキャリーに入れると、キャリーを警戒して入らなくなる。特に警戒心が強くストレスのかかりやすい猫は、家で安心してキャリーに入るように練習してほしい。まず猫を安全に持ち運びするためにしっかりしたキャリーを用意する。上下が分かれ前のドアがはずせるもの、さらに上部にもドアがあるタイプがお勧めだ。前のドアを取り外して猫が普段いる部屋に置き、1日1回この中に猫の好物を入れる。毎日食べているフードでもいいが、嗜好性の高いものほど効果的。猫は好物を食べるために自らこの中に入る。これを繰り返せば間もなくキャリーに抵抗なく入るようになる。(写真)抵抗なく入るようになれば中で好物を食べている間にドアを閉めてみる。こうしてドアを閉めたり、キャリーを持って移動することに慣らしておくと良い。すすんで入るようになれば動物病院に行く時はこのキャリーに入れて連れて行ける。移動の際や病院の中ではキャリーにタオルをかけて目隠しをするとより安心する。入院中やペットホテル宿泊中、緊張して食事も食べない猫もいるが、病院に預ける際にもこのキャリーを入院ケージの中に入れてもらうと良い。知らない環境でも、慣れた匂いの場所に隠れることで猫も安心する。もともとここで食べる習慣があるので食事も受け入れてくれるだろう。
愛犬の力 高齢者元気に 2015.1.10
実家には犬士という名前のミックス犬がいる。犬が大好きな父は70歳を超えて愛犬が死んだ時、高齢だからと犬を飼うことをあきらめた。犬のいない生活が何年か続き、いつの頃からか明るかった父は、ほとんどしゃべらなくなった。その間、我が家の犬が出産した。父は時々家に来て犬のいるサークルの前に座り込み、じっと子犬たちを見ていた。みな飼い主が決まっていたが、1頭に脊椎の奇形が見つかった。長生きできないかもしれないので、うちに置いておくかもしれないと父に話した。その時、父はその子犬を飼いたいと言った。幸いその子犬は最初に欲しいと言ってくれた人の家に行き、元気に成長した。父はそれをきっかけに80歳を超えてもう一度犬を飼う決心をした。次に生まれた子犬が実家の犬となり、それから父は周囲が驚くほど元気になった。電話口の声が明るく弾んでいる父は今しあわせなのだと思う。ペットの飼育は、高齢者にとって精神的肉体的効果があり、笑顔が増え、病院に通う回数が減ったり、認知症の進行が抑えられたなどの報告もある。一方でしつけやケアが行き届かず、飼い主の病気などが原因で飼い続けることが困難になるケースも少なくない。アメリカのミズーリ州には「タイガープレイス」という、ペットと暮らせる高齢者用施設がある。ここではペットの世話が出来なくなっても、ボランティアが散歩や食事などの世話をしてくれる。また飼い主が先に亡くなっても、適切な飼い主を探してくれる。高齢者が生き生きと暮らすために日本にもこのような施設があればと思う。